予防接種の効果と害

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乳幼児には大腿筋注を推奨?

有害事象 手技
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CDCでは筋注を推奨

 インフルエンザの予防接種を調べていたところ、CDC(米国疾病管理予防センター)のウェブサイトに気になる記載を見つけました。

CDC - Morbidity and Mortality Weekly Report (MMWR)
Update: Recommendations of the Advisory Committee on Immunization Practices (ACIP) Regarding Use of CSL Seasonal Influenza Vaccine (Afluria) in the United States During 2010--11

 

 このTableの脚注部分に注目です。

§ For adults and older children, the recommended site of vaccination is the deltoid muscle. The preferred site for infants and young children is the anterolateral aspect of the thigh.

 

 インフルエンザの予防接種は乳幼児では大腿に筋注するのが望ましい

 大腿への筋注は大腿四頭筋短縮症が起こるので禁忌になってるのでは?それに、日本では皮下注で行うことになっていますが・・・?

 うーん、CDCの推奨と日本ルールは異なるということは確認できました。それではなぜ?

 ちょっと混乱しながらも、検索してみることにしました。

 

筋肉注射にまつわる日本の悲しい歴史

 「大腿四頭筋短縮症」で検索すると、日本ではなぜ大腿筋注が行われないのか、ワクチンが皮下注となっているのか、その原因の一端が明らかになります。

筋短縮症 - Wikipedia
 筋短縮症(きんたんしゅくしょう)とは、筋肉注射による物理的な刺激、あるいは注射液による刺激が原因となって筋肉組織が破壊され繊維化し、運動機能に障害が生じた症状。大腿四頭筋が障害された大腿四頭筋拘縮症が有名

平成医新
幼児大腿四頭筋短縮症

幼児大腿四頭筋短縮症(昭和48年)

 昭和48年10月5日,朝日新聞は「幼児集団奇病.山梨で23人が歩行困難,原因はカゼの注射?」との見出しをつけ全国版の第1面でこの事件を報じた.朝日新聞山梨県南巨摩郡鰍沢(かじかざわ)町と隣の増穂町を中心に,膝関節が曲がらず,足がつっぱったまま歩行や正座ができない幼児が20数人いることを伝えたのだった.

<略>

 障害児を持つ母親の話から安井産婦人科医院(安井清,慶応医学部卒業)に疑いの目がむけられていった.障害児たちは例外なく安井産婦人科医院を受診しており,生後数ヶ月から2歳ごろまで風邪や下痢などで大腿部に頻回に筋肉注射をされていたのだった.安井産婦人科医院はよく効く注射を打ってくれる名医として評判の良い医院だった.

 他の医院では子供に注射をする場合には尻に打つことが多かったが,安井産婦人科医院は大腿部の前面に注射をしていた.大腿部に注射を打つことは子供をうつぶせにする必要がなかったので子供の恐怖心は少なかった.子供はうつぶせにさせられただけで泣いてしまうが,仰向けの場合は子供が泣く前に注射は終わっていた.安井産婦人科医院では子供の風邪にも頻回に注射を打っていた.生後1年間に数回から最高150回の注射を受けた幼児がいた.つまり歩行障害は頻回な筋肉注射による大腿四頭筋短縮症が原因だったのである.注射液はほとんどが抗生剤(クロラムフェニコール),解熱剤(スルピリン)で,病名の多くは風邪であった.

<略>

 国民皆保険制度は患者の負担が少なく,また医師の技術料を低く設定したため,医療機関は注射やくすりを乱発するようになった.そのため風邪や下痢で受診した患者は,症状とは関係なく,必要もないのに筋肉注射の乱用となった.風邪はウイルス性疾患であるから抗生剤の効果は期待できない.しかし大腿四頭筋短縮症をきたした患者の8割が風邪の診断で,1割が下痢の診断で筋肉注射を受けていた.使用された抗生剤はクロラムフェニコールが最も多く,解熱剤はスルピリンが最も多かった.このような乱診が大腿四頭筋短縮症の原因であるが,その根底には製薬企業と医師の人権を無視した姿勢が底流にあったといえる.

<略>

 昭和50年5月18日, 日本小児科学会は大腿四頭筋短縮症の原因は頻回な注射が原因であると発表,注射の物理的刺激と薬剤による筋肉組織の破壊が運動障害を引き起こしたと結論づけた。そして「風邪の症状には筋肉注射をしないこと.抗生剤と他の薬剤を混合して注射しないこと」が取り決められた.この大腿四頭筋短縮症は裁判で争われることになる.山梨県では患者158家族が,医師,厚生省,製薬会社を相手に66億7000万円の損害賠償請求を東京地裁に訴えた.

 医師は診察に際しての注意義務,国は医薬品の製造認可に関する注意義務,製薬会社は注射液の安全性の責任,これらに対して被害者は損害を支払うように訴えたのである.これに対し医師は子供の病気を治すためには注射はやもうえなかったこと,注射によって筋短縮症が発症することは予測できなかったこと.さらに注射液には皮下注射用,筋肉注射用と記載されており,筋肉用を筋肉に使用して筋短縮症が発症してもそれを製造許可した国と製薬会社に責任があるとした.国と製薬会社は,注射行為は医師の自由裁量であり,医師の乱注射が原因であり責任はないと主張した.このように医師,製薬会社,厚生省の責任転嫁を繰り返した

 昭和50年,厚生省は日本の大腿四頭筋短縮症は重傷が1,552人、軽症が1,177人、合計では3,669人であることを公表した.

<略>

 

 筋肉注射の部位が悪かったのではなく、特定の薬品を頻回に注射したことが原因だったのですが、この事件をきっかけとして、大腿筋注は日本ではほとんど行われなくなったものと推察されます。

 

この事件から何を学んだのか

 とても悲しい歴史ですが、この事件の教訓が、本来の原因とは違った形で残されていることに、違和感を覚えます。

 この事件の教訓は、大腿筋注を行わないようにすることではないのではないでしょうか。カゼという本来、治療をしなくても自然治癒する病気に対して、過剰な治療が行われたためにおこった事件です。

 「根底には製薬企業と医師の人権を無視した姿勢が底流にあった」とあります。ここから学ぶべきことのほうがはるかに重要であると思いますが、さて、今の医療に生かされているのでしょうか。

 筋短縮症事件

1983.3.30 白河筋短縮症訴訟第一審判決
1985.3.27 山梨筋短縮症訴訟第一審判決
1985.5.28 名古屋筋短縮症訴訟第一審判決

 

筋注=悪?

 部位だけではなく、筋注が行われなくなったのも、この事件が契機となっているようです。ふたたび検索結果から。

世田谷区で開業予定な小児科医のブログ
皮下注と筋注
 しかし筋拘縮症による訴訟が相次ぎ、「筋注=悪」というイメージが定着してしまったのかもしれません。

ワクチンは皮下注で良いの?

 インフルエンザワクチンは本邦では皮下注で行っています。しかし米国では筋注で接種されています。インフルエンザワクチンに関して皮下注と筋注とどちらが良いのかを調べてみましたが明らかな比較文献はありませんでした。本邦で筋注をしなくなったのは、以前、大腿四頭筋短縮症という筋注の合併症が社会問題となったためであると思われます。しかし、当時筋注していた抗生剤や鎮痛剤は浸透圧やPHが良くなく、現在の薬剤はそういう問題はありませんので心配はありません。本邦では厚生労働省の指導なので皮下注が厳守です。厚生労働省指定以外の方法で接種して重大な副作用が生じても救済が受けられない可能性があるからです。

 

感情に基づく医療

 皮下注となった経緯も、事件の教訓として違った形で残されているしこりなのでしょうか。しかし、科学的にはなんの根拠もなさそうです。

 日本の医療は、「イメージ」「マスコミ、世間で騒がれた」「社会問題となった」などという理由で決められていくことが多く、科学であるにも関わらず、科学的根拠より感情を重視されるようです。